02/09/2024
編みかけがけっこうありまして
いろんなものを編みたくて次々手を出しているせいで、編みかけだらけになっているのが気になりつつも、新しいものを編み始めたい気持ちが止められません。一度編みかけを全部なくして(つまり全部完成させて)、キレイに片付けたいものです……。もう数年放置してるものもあるし。いくつあるのか考えたくないので、数えていませんが、結構あります。それが自分の後ろで編まれるのを待っているかと思うと、気持ちばかりが焦ってしまって、逆にほかの新しいプロジェクトに手を出すことになってしまっているような気がします。
昨日、編み物関係を置いている山がひどいことになっていたので軽く整理していたら、編んでいたことをすっかり忘れていた(おいおい、二か月前に編んでたのに、と自分にツッコミ)プロジェクトが出てきたので、それを編むことにしました。コットン糸で編み始めたLightweight Raglan Pulloverです。以前編んだことのあるパターンです。
元のパターンは長袖ですが、夏でも着られるよう、半袖にしたいな、とか首周りをもうちょっと広くしたいな、とか考えていました。そうするにはどうすればいいのか、と考え始めたら、まだその部分に達するには全然時間がかかるのにもかかわらず、まだ自分ができることじゃないのかもしれないし、と迷い始めてしまってそのまま放置……となってしまっていました。いまは、ちょっと状況が変わったこともあり、コットン糸だしこれが完成しても着られるのは早くて来年の春ごろかと思ったら、のんびり編むのもいいかな〜と思えるくらいにはなれたかもしれません。
あちこちに手を出してしまい、自分がそれらに苦しめられてしまうのは本末転倒もいいところなので、もっと気持ちに余裕を持って編み物をしていきたいものです。
えええ? 編みかけたくさんっていいじゃないですか!
歴浅い人間の感想ですが、
メリヤス編みばっかりで飽きたな〜→こっちの模様編みやろう→つかれた→手軽な靴下に逃避→かかと終わったら満足→よしまたメリヤス編みで無心になろう
みたいなことができるっていいなあと思います。
しかもちょっとずついろんなものが進むから、あるとき「これできた→翌日こっちも→3日後はセーター完成」みたいなことが起きたりするかもしれないし。
あと、何かが難しくて中断しても忘れた頃に「もしかしてこうやればいいのか?」って急に思いついたらすぐ試せるじゃないですか。実験するために作り目からやんなくても済みますよ!
編みかけのまま30年経ったとしても「これを編んでいたときは……」と昔を思い出すきっかけにもなるし、「今ならこういうのを編もうと思ったりしないけれど、編んでみたら意外と楽しい」なんて思ったりするかもだし。
……わたしも早く編み散らかせる域に達したいです(←書いてるうちにうらやましくなってきた)
Kolibriさ~ん、コメントありがとうございます~!!(泣)
いろいろあってこの記事を書いたときはかなり心がくさくさしていたんですが、Kolibriさんのコメントにものすごく救われました。大げさと思われるかもしれませんが、本当です。いろんなことを前向きに考えられずにいましたが、コメントを読んでいたら『そう考えればいいのか!』と、そのときのくさしていた気持ちが晴れやかになりました。本当にありがとうございました!
おっしゃるように、そのときどきで編みかけと向き合うと、前はダメだったけど、いまなら行ける!ということもありますもんね。以前完成させたセーターのBlåsippa(リンク先:当ブログ内記事)がそんな感じだったのを思い出しました。
なんか変なこと書いちゃったなって思っていたのですが、何がしかの助けになったのならよかったです!
物事はどっちから見るかで変わるので、うしろ向きになったときは正反対の方から見ると多少ましな気分になりますよ。アホっぽい発想になっちゃうときもありますが、自分を責めて辛くなるよりいいかなと。ちょっとズレるかもですが、嫌なこと・悪いことがあったときも「いま軽くひどい目に遭っていなかったら、もう少し先に大変な目に遭っていたかも」と、厄払い的に捉えたりしています。根拠はなんにもないですが。
あと、うまくいかないときに時間をおくとうまくいったりするのはわたしも経験あります。編み物に限らず、楽器とか書類作成とか。煮詰まっているからうまくいかないんですかね? ならば編みかけ上等ですね。「時が来るのを待っているのよ」みたいなw
いえいえ、とんでもない! 気持ちがスッキリと晴れました!
Kolibriさんが書いてくださったこと、どれも共感できることばかりです。
厄払い的に捉えること、私にもあります! いまの部屋に住み始めてこの三年間でいろんなことがありましたが、この間で割れた食器類(数えていませんが、十は軽く超える)は『降り掛かったであろう大きな災厄を代わりに受けてくれた』んだと思っていました。こう考えると、気に入っていた食器も浮かばれるかな、と思って(割ると悔しいですけど 笑)。